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--バラック街だった銀座は、いつごろから復興していったのですか?
昭和20年代の後半からバラックや露店が減って、徐々にビルが建つようになっていったんですけどね。カツミ堂も昭和30年にコンクリートのビルに建て替えましたからね。はっきりと変わったのは昭和39年の東京オリンピックですよ。それにあわせて銀座もどんどん変わっていったね。 --その影響はカメラの売上にもありましたか?
すごく売れましたよ。とくに外国人。日本はやはりカメラ王国ですからね。その頃にはキヤノンもニコンもどこも素晴らしいカメラを作っていましたから。世界中から集まったオリンピック選手も、海外から日本に応援に来た人も、とにかく安いというので、押し寄せるようにやってきてカメラを買っていきましたよ。 --外国人はなぜカツミ堂の存在を知ってるんでしょうか。
なぜでしょうか。人づてで伝わるんでしょうかね。今も外国人の方はよく来られますよ。有り難いことです。 --カツミ堂は今も本当にいいお客様が多いですよね。今のカツミ堂を見ていても、ボディもレンズもライカの品揃えがずば抜けて凄いですけれども、やはりライカには特別な思い入れが?
それはありますよ。ライカが売れたから今の私がある。ライカがあってこそのカツミ堂なんですよね。有り難いものですよ。 当社のライカへのこだわりはね、とにかく状態のいいものを揃えているということです。うちには戦前のカメラもたくさんありますが、とても奇麗な状態のものが多いんです。「欲しいカメラがある」、「欲しいレンズがある」、という人がうちに探しにきて、「凄く奇麗な状態のものが見つかった」と喜んで買って帰る方が多いんですよ。多少高くても、満足して買っていかれるんです。 --いい状態のカメラやレンズを扱うためには・・・
いい状態のものには、きちんと評価したお金を支払って仕入れることです。それですぐ売れるわけじゃないんですけどね。しかしそうすることによって、コレクターも写真家もブローカーも、いい状態のものをカツミ堂に持ってこられるようになると思うんですよ。うちは状態の悪いものを安く買って安く売るよりも、状態のいいものを高く買って、それなりの値段でお売りする。状態の悪いものはきちんとその説明をして、それでも欲しいと納得してもらって始めてお売りする。そうしたことによって顧客の信頼を得ることが、大事じゃないでしょうか。 --なるほど。では、カツミ堂がお客様に伝えたいカメラの魅力は?
ここ何年かで急速にデジタルカメラの時代になってしまいましたけれども。私は銀塩カメラ(フィルムカメラ)をいつまでも多くの人に使って欲しいと思います。デジタルカメラって電子機器みたいなものでね、私が半世紀以上扱ってきたカメラはそれとは全く違う魅力がある。カメラは精密機械なんです。名機と呼ばれるような超一流の精密機械は、見た目の美しさも存在感も、シャッターを切ったときの操作性やその心地よさみたいなものも、全く違う。それは絶対にデジカメでは味わえない魅力なんです。それに銀塩カメラは、ファインダーを覗いてシャッターを切って、現像が上がってくるまでの緊張感や、上手く撮れていればいいなという期待感とか、いろんな感情があるから面白いとおもうんですよ。 今はデジカメの時代ですが、精密機械としてのカメラ、銀塩カメラの魅力を、いずれ再確認する時代が来て欲しい。そのときにまた、若い人でも、愛好される方がまた増えて欲しいと思うんです。 |
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