

銀座カツミ堂写真機店でも数多くのライカを取り揃えているが、初めてライカを知る人にとっては「とても高価そう」とか「近寄りがたい」といったイメージがあるのも事実であろう。しかし、ライカにはその価格に見合うだけの価値がある。ひょっとするとあなたの生涯のパートナーになるかもしれない。ここではライカに興味を持ちこれから手にする方向けにライカの魅力と特徴をお伝えしたい。

僕がライカを初めて手に入れたのは32才の頃だ。当時僕は、イギリス、ロンドンに住んでいて、写真家としてなんとか自立出来始めた時代だった。 それまでの僕の写真人生はニコン一辺倒だった。写真を始めたのは中学2年生の時。高校に入る春休み、大分無理をしてニコンFを買った。1966年、東京オリンピックが開かれた2年後のことだ。写真雑誌にライカの広告が載っていたがピンとこなかった。ニコンFでさえ、キヤノンやペンタックス、ミノルタに比べると倍近く高かったのに、ライカの値段は桁はずれだった。「こんな高いカメラ、しかも接写するにも不便だし、超望遠レンズも使えない。どこかきゃしゃな感じもする・・・。」 23才の時、写真家になりたくて、ロンドンに渡った。その理由は、無理矢理就職をするより、24時間、写真のことを考えて、写真のためだけに集中出来る時間を過ごしたかったからだ。半年の滞在のつもりだった。ニコンFを2台、ニコンSPを1台持っていった。 イギリスに着いたとたん、日本には決してない、すぐにでも撮りたくなる様な被写体がいたるところにころがっていた。子供は公園で近づく秋の西日を受け天使の様に輝いていたし、ストリートを歩く若い女の子の多くは、足が長く、表情も豊かで、日本に来ればすぐにモデルにでもなれる容姿をもっていた。おじいさんやおばあさんは、長い人生の中でふとため息をつき、道端で遠くを眺めていた。こうした人々のなにげない日常の一つ一つがドラマチックで、背景の美しい街並みをバックに、まるで舞台の登場人物の様に生き生きと、存在感を示していた。 写真家の卵だった僕は、そうした心に余裕を持った美しい人々や澄んだ空気に包まれ、日本にいた時より何倍も生きていることを実感した。その結果、感覚を研ぎ澄ますことができたのは幸運そのものだった。 写真で何を表現したいかというテーマは、写真を始めた中学2年生の頃にすでに決まっていた。人の心を清くし、人が人を好きになるような写真を撮りたかったのだ。 日本を発って2年が過ぎたある日、ロンドンのとある写真ギャラリーでイギリス人の僕と同世代の、つまり20代半ばの写真家2人と知り合いになった。2人は、すぐに僕を彼等の住んでいるテムズ川にほど近い、大きな倉庫に招待してくれた。そこで彼等の仲間を何人も紹介してくれたのである。 話を聞くと、彼等は3年後の大きな写真展の開催を目指して集められた精鋭の若手写真家グループだった。10名ほどの写真家と、40代半ばにさしかかったドイツ人のヨーガンというディレクターが1人いた。 するとヨーガンから信じられない言葉が僕に発せられた。 「君の写真を全員で見せてもらったよ。人間の生きる姿を誠実に写している君の写真は、まさにわれわれが写真展に望んでいるそのものなんだ。どうかね、君も僕たちの仲間に入って一緒に写真展を目指さないか?この倉庫に今日から君も住んだっていいんだ。」 僕は一瞬、耳を疑った。たった独りぼっちで、しかも、経済的にギリギリのところでかろうじて写真を続けていた僕にとっては、天からの恵みのようにありがたい彼らの裁量だった。「よろしくお願いします」と頭を下げ、僕は唯一の日本人として、彼らの仲間入りを果たした。 その彼等が全員例外なくライカを使っていた。少々小ぶりのライカは大柄な西洋人の胸や肩に実にコンパクトに、小気味良く光り輝き、独特のオーラを放っていた。僕は依然ニコンで写真を撮っていたが、彼等を見ていると、ライカとは一体何だろう、という疑問が沸いてきた。一度彼らの一人のライカを使わせてもらった。ライカM3にズミクロン50ミリの標準レンズが付いていた。撮らせていただいた被写体は、日本からの初の海外公演を果たした歌舞伎俳優、市川猿之助さんだった。市川さんが滞在中のドキュメントを僕が撮る仕事をいただいていたのだ。ライカM3で撮ったフィルムをすぐに現像し、プリントした。キャビネという小さな印刷紙だったが、何かがこれまでの僕のプリントと違っていた。 僕もいつかはライカを使ってみたい。もうその時、僕はすでにライカのとりこになっていたのかも知れなかった。しかし、日本から持参したカメラを全部売ってもライカを一台買うのには充分ではなかった。 |
![]() 写真家。 1950年東京生まれ。 東京経済大学卒業後、渡英。 帰国後もヨーロッパと日本を往復し、アーティストから巷の人々までを、気取りのない優しい表現のモノクローム作品に残している。 その清楚な作風を好むファンは数多い。 また、福山雅治、桑田佳祐、松任谷由実、等数々のCDジャケットや写真集を手がける。 写真家意外にも、エッセイの執筆、ラジオDJなど、写真家のジャンルを越え幅広い活動で人気を得ている。 写真集・写真展 多数 2月1日~3月29日まで目黒のブリッツ・ギャラリーで写真展を開いております。 http://www.artphoto-site.com/gallery.html オフィシャルサイト http://www.herbie-yamaguchi.com/ ![]() |

